以下、第\( (i, j) \)成分を\(a_{ij}\)とする\(m\times n\)行列Aを
\[
A=(a_{ij})_{m \times n}
\]
と略記することにします。
行列式
高校で数学Cを習った人なら「行列式」を知っている人も多いと思います。
ちょっと補足:高校で習う行列式
\(2 \times 2 \)の正方行列
\[
A=
\begin{pmatrix}
a & b \\
c & d
\end{pmatrix}
\]
において
行列式\(|A|\)を
\[
|A| = ad – bc
\]
と定義する。
でも、これは\(2 \times 2 \)行列における特別な場合だけで\(3 \times 3 \)行列や\(4 \times 4 \)行列など3次以上の正方行列では適応できません。
ここでは、一般的な\(n \times n \)行列の行列式の定義をお話ししたいと思います。
n次正方行列\(A=(a_{ij})_{n \times n}\)において、
\[
\sum_{ \sigma \in S_{n}}sgn( \sigma )a_{1\sigma(1)}a_{2 \sigma(2)} \ldots a_{n \sigma(n)}
\]
\[
\sum_{ \sigma \in S_{n}}sgn( \sigma ) \prod_{k = 1}^{n}a_{k \sigma(k)}
\]
をAの行列式と定義し、
\[
|A| \ ,\ detA \ , \
\begin{vmatrix}
a_{11} & a_{12} & \ldots & a_{1n} \\
a_{21} & a_{22} & \ldots & a_{2n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
a_{n1} & a_{n2} & \ldots & a_{nn}
\end{vmatrix}
\]
などと表現する。(\(S_{n}\)はn次対称群)
このままでは何を言っているかチンプンカンプンだと思うので、順を追って説明していきたいと思います。
置換
先ほど、行列式の定義に登場した\(S_{n}\)はn次対称群といわれ、
「n個の異なる元持つ集合から自分自身への全単射全体の集合」
のことを言います。
例えば、集合{1, 2, 3}から{1, 2, 3}への全単射な写像を考えるとします。
このとき、
\[
f_{1}(1) = 2,\ f_{1}(2) = 3,\ f_{1}(3) = 1
\]
を満たす写像\( f_{1}: \{ 1, 2, 3 \} \rightarrow \{ 1, 2, 3 \} \)は3次対称群\(S_{3}\)の元となります。
(数学では\(f_{1}\)が\(S_{3}\)の元であることを\( f_{1}\in S_{3}\)と表記します。)
他にも
\[
f_{2}(1) = 3,\ f_{2}(2) = 1,\ f_{2}(3) = 2
\]
や
\[
f_{3}(1) = 1,\ f_{3}(2) = 2,\ f_{3}(3) = 3
\]
を満たす写像\(f_{2}, f_{3}\)も3次対称群\(S_{3}\)の元となります。
ちょっと補足:n次対称群の元の個数
一般にn次対称群\(S_{n}\)の元の個数はn!個あります。
(この「!」は「階乗」といわれるもので「1からnまで順番に掛けていったもの」で、n!は「nの階乗」と呼びます。)
\[
n! := 1\times 2 \times \dots \times n
\]
よって、3次対称群\(S_{3}\)の元は全部で\(3! = 3\times2\times1 = 6\)個あります。
このようなn次対称群\(S_{n}\)の元のことを置換といいます。
(やっと見出しの「置換」が出てきました!説明長くなってごめんなさいm(_ _)m)
また、上記にあげた\(S_{3}\)の置換\(f_{1}\)のことを
\[
f_{1} =
\begin{pmatrix}
1&2&3 \\
2&3&1
\end{pmatrix}
\]
と表記することもあります。
※「数字を縦と横に沢山並べたもの」という観点では行列とも考えられるけど、和・差といった行列に対する演算を考えると、置換とはかけ離れたものになってしまうので、行列とは考えず、「行列に形が似ている表記で書いた置換」と捉えよう!
この表記で\(f_{2}, f_{3}\)も書くと
\[
f_{2} =
\begin{pmatrix}
1&2&3 \\
3&1&2
\end{pmatrix} \\
f_{3} =
\begin{pmatrix}
1&2&3 \\
1&2&3
\end{pmatrix}
\]
となります。
ちょっと補足:n次対称群の厳密な定義
n個の異なる集合を
\[
\{ 1, 2,\dots , n \}
\]
とすると、n次対称群\(S_{n}\)は
\[
S_{n}:=\{ \ f \ | \ f: \{1, 2,\dots , n \} \rightarrow \{ 1, 2,\dots , n \} \ ,\ f \text{は全単射} \ \}
\]
と数学的に表記することができる。
符号
置換\(\sigma\in S_{n}\)に対して符号\(sgn(\sigma)\)を
\[
sgn(\sigma) := \prod_{{i, j}}\frac{\sigma(i) -\sigma(j)}{i – j}
\]
と定義する。
ただし、\(sgn(\begin{pmatrix}1\\ 1\end{pmatrix}) = 1\)とする。
(右辺の式は1からnの中から2つの数を選ぶ組み合わせ{i,j}全体にわたる積を意味します)
例えば、
\(\sigma =\begin{pmatrix}1&2&3\\2&3&1\end{pmatrix}\)のとき
\[
\begin{eqnarray*}
sgn(\sigma)
&=&
\frac{\sigma(1) -\sigma(2)}{1-2}\frac{\sigma(2) -\sigma(3)}{2- 3}\frac{\sigma(3) – \sigma(1)}{3 – 1} \\
&=&
\frac{2-3}{1-2}\frac{3-1}{2-3}\frac{1-2}{3-1} \\
&=&
1
\end{eqnarray*}
\]
\(\sigma =\begin{pmatrix}1&2&3\\3&2&1\end{pmatrix}\)のとき
\[
\begin{eqnarray*}
sgn(\sigma)
&=&
\frac{\sigma(1) -\sigma(2)}{1-2}\frac{\sigma(2) -\sigma(3)}{2- 3}\frac{\sigma(3) – \sigma(1)}{3 – 1} \\
&=&
\frac{3-2}{1-2}\frac{2-1}{2-3}\frac{1-3}{3-1} \\
&=&
-1
\end{eqnarray*}
\]
となります。
色々な場合を確かめてみると分かると思いますが、
一般に置換\(\sigma\in S_{n}\)の符号\(sgn(\sigma)\)は\(\pm1\)の値になります。
これで、行列式を考える前提知識の説明が終わりました!!\(^o^)/
では、実際に行列式はどのようなものなのか考えていきましょう!
行列式の定義の意味
定義のおさらいをしましょう!
n次正方行列\(A=(a_{ij})_{n \times n}\)において、
\[
\sum_{ \sigma \in S_{n}}sgn( \sigma )a_{1\sigma(1)}a_{2 \sigma(2)} \ldots a_{n \sigma(n)}
\]
\[
\sum_{ \sigma \in S_{n}}sgn( \sigma ) \prod_{k = 1}^{n}a_{k \sigma(k)}
\]
をAの行列式と定義する。
( \( \sum_{\sigma \in S_{n}} \)は\(S_{n} \) の元(置換)全体にわたる和を意味します)
以前まではチンプンカンプンだったこの式も今はなんとなく理解できるんじゃないでしょうか?
例えば、
\(n= 2\)のとき
\[
\begin{eqnarray*}
detA
&=&
\sum_{\sigma\in S_{2}}sgn(\sigma)\prod_{k=1}^{2}a_{k\sigma(k)} \\
&=&
\sum_{\sigma\in S_{2}}sgn(\sigma)a_{1\sigma(1)}a_{2\sigma(2)} \\
&=&
sgn(\begin{pmatrix}1&2\\1&2\end{pmatrix})a_{11}a_{22} + sgn(\begin{pmatrix}1&2\\2&1\end{pmatrix})a_{12}a_{21} \\
&=&
\frac{1-2}{1-2}a_{11}a_{22} +
\frac{2-1}{1-2}a_{12}a_{21} \\
&=&
a_{11}a_{22} – a_{12}a_{21}
\end{eqnarray*}
\]
(これは高校の時に習った\(2 \times 2 \)の正方行列の行列式と一致します!)
\(n= 3\)のとき
\[
\begin{eqnarray*}
detA
&=&
\sum_{\sigma\in S_{3}}sgn(\sigma)\prod_{k=1}^{3}a_{k\sigma(k)} \\
&=&
\sum_{\sigma\in S_{3}}sgn(\sigma)a_{1\sigma(1)}a_{2\sigma(2)}a_{3\sigma(3)} \\
&=&
sgn(\begin{pmatrix}1&2&3\\1&2&3\end{pmatrix})a_{11}a_{22}a_{33} + sgn(\begin{pmatrix}1&2&3\\1&3&2\end{pmatrix})a_{11}a_{23}a_{32} \\
&\ & +
sgn(\begin{pmatrix}1&2&3\\2&1&3\end{pmatrix})a_{12}a_{21}a_{33} +
sgn(\begin{pmatrix}1&2&3\\2&3&1\end{pmatrix})a_{12}a_{23}a_{31}\\
&\ & +
sgn(\begin{pmatrix}1&2&3\\3&1&2\end{pmatrix})a_{13}a_{21}a_{32} +
sgn(\begin{pmatrix}1&2&3\\3&2&1\end{pmatrix})a_{13}a_{22}a_{31} \\
&=&
\frac{1-2}{1-2}\frac{2-3}{2-3}\frac{3-1}{3-1}a_{11}a_{22}a_{33} +
\frac{1-3}{1-2}\frac{3-2}{2-3}\frac{2-1}{3-1}a_{11}a_{23}a_{32} \\
&\ & +
\frac{2-1}{1-2}\frac{1-3}{2-3}\frac{3-2}{3-1}a_{12}a_{21}a_{33} +
\frac{2-3}{1-2}\frac{3-1}{2-3}\frac{1-2}{3-1}a_{12}a_{23}a_{31} \\
&\ & +
\frac{3-1}{1-2}\frac{1-2}{2-3}\frac{2-3}{3-1}a_{13}a_{21}a_{32} +
\frac{3-2}{1-2}\frac{2-1}{2-3}\frac{1-3}{3-1}a_{13}a_{22}a_{31} \\
&=&
a_{11}a_{22}a_{33} + a_{12}a_{23}a_{32} + a_{13}a_{21}a_{32} \\
&\ & –
a_{13}a_{22}a_{31} – a_{12}a_{21}a_{33} – a_{11}a_{23}a_{32}
\end{eqnarray*}
\]
といった感じで求めることが出来ます。
(\(n = 4\)以降も同様にして求める事が出来ますが、置換の数が\(4!,5!, \ldots \)と増えていくので計算量は膨大になります(^^;))
さて、上記では行列式の定義から実際の計算方法を見てきましたが、以下では「この計算はどんな意味を持っているのか」を考えていきたいと思います。
行列式の定義の
\[
a_{1 \sigma(1)}a_{2 \sigma(2)} \ldots a_{n \sigma(n)}
\]
に注目してみましょう!
これは行列の1行目からは\(a_{1\sigma(1)}\)を、2行目からは\(a_{2\sigma(2)}\)を、…、n行目からは\(a_{n\sigma(n)}\)を取ってきて掛け合わせています。
置換は「n個の異なる元持つ集合から自分自身への全単射全体の集合」であるから、この式の意味は「行列の各行から列の重複をしないように成分を取ってきて掛け合わせた」ということになります。
次に行列式の定義の
\[
\sum_{\sigma \in S_{n}}
\]
に注目してみましょう!
これは「\(S_{n}\)の元(置換)全体にわたる和」を意味しているのでした。
さらに、ここに\(sgn( \sigma )\)を加えこれらをまとめると…
「行列の各行から列の重複をしないように成分を取ってきて掛け合わせたものに\(sgn(\sigma)\)を掛けて、それを\(S_{n}\)の元(置換)全体にわたって考えて足し合わせる」
という意味になります。
行列式の定義の本質(意味)さえ分かってしまえば、定義式を覚えていなくても行列式を求めることが出来ますね!!